クロード・モネ

1840年 パリのラフィット街ニ生まれる。
1858年 モネに外光ヘの眼を開かせたブーダンに会う。
1859年 勉学のためパリに出る。ピサロと知リ会う。
1862年 この年以後、ヨンキント、ルノワール、シスレーらと知り合う。
1863年 マルチネ画廊のマネ展を見て影響を受ける。
1870年 普仏戦争を逃れてロンドンへ行く。
1872年 ル・アーブルを訪れ、同地の港で「印象」と呼ばれる2枚の風景画を描く。
1874年「印象」の1点を第1回印象派展に出品し、以後モネらの絵画運動は、
<印象主義>と呼ばれるようになり、モネは印象派の主導者とみなされる。
1875年 経済的に悲惨な窮乏状態におちいる。妻カミーユの病気。
1879年 9月、妻カミーユ死ぬ。
1889年 6月にジョルジュ・プチ画廊でロダンとの二人展を開く。
1890年「ポプラ」と「積藁」の連作を始める。
1893年「ルーアン大聖堂」の連作を始める。
1899年 庭園の池の睡蓮を描く。
1906年 この頃、「睡蓮」ばかりを描く。
1910年「睡蓮」の新しい連作を始める。
1926年 ジヴェルニーで死去。

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